Chapter 2

脳動脈瘤Aneurysm

病態

一般的に脳動脈瘤は脳主幹動脈と呼ばれる太い血管の分岐部に発生します。
脳底部のWillis動脈輪と呼ばれる、両側の内頚動脈と後大脳動脈が合流しループを形成する場所の血管分岐部に発生することがほとんどです。

Willis動脈輪の周囲には脳を覆うくも膜が特に肥厚して発達しています。
くも膜の下には脳を栄養する脳脊髄液が貯留しており脳底槽と呼ばれる広大なくも膜下腔を形成しています。
脳動脈瘤が破裂した場合このくも膜下腔に血液が充満して、くも膜下出血となります。

脳ドックと未破裂脳動脈瘤

近年、検査技術の発達にともない脳血管検査が簡単に行えるようになりました。脳ドックや些細な症状をきっかけに脳血管検査を行い発見されるケースが増えています。

脳動脈瘤の画像診断:3DCTA

大型の右傍前床突起部内頚動脈瘤の3DCTA画像
大型の右傍前床突起部内頚動脈瘤の3DCTA画像
静脈相の重ね合わせ
静脈相の重ね合わせ
頭蓋骨を重ね合わせた手術のシミュレーション画像
頭蓋骨を重ね合わせた手術のシミュレーション画像

脳動脈瘤の診断に対する脳血管撮影(カテーテル検査)の役割

かつては脳血管検査のスタンダードだったが、CT装置の高性能化(空間分解能・時間分解能の向上)により、3DCTAに取って代わられつつある。
3DCTAでは動脈相・静脈相・頭蓋骨の情報が極めて短時間の撮像で得られる。脳血管撮影と違いカテーテルを必要とせず、患者様への負担も少ない。
ワークステーションを用いて重畳画像から手術のシミュレーション画像が容易に得られ、脳血管撮影よりも低侵襲かつ情報量に勝る。
今日では脳血管撮影はカテーテル治療を前提とした精密検査、血行動態の評価が不可欠な病態(脳動静脈奇形・一部の脳腫瘍)の評価に限定される。

自然歴・病態

脳動脈瘤の発見率は約100人に1人といわれています。
若干の遺伝性があり、血縁者の方で同じように脳動脈瘤を指摘された方がいる場合や、くも膜下出血を起こした方がいる場合は、ご自身も保有している確率が上述の1/100よりも大きくなります。

脳動脈瘤自体は存在しても患者様に対して何らかの影響を与えることはなく、自覚症状もありません。破裂せずに一生経過する場合もあります。
動脈瘤が破裂する確率は年間約1%弱といわれており動脈瘤の性状や個体側の要因により破裂のリスクが異なることが指摘されています。
具体的には動脈瘤の形状や大きさ・多発性・破裂の既往など他にもいくつかの危険因子が知られています。
しかし、ひとたび破裂をすると出血にともなう脳障害により、最重症の方は破裂した瞬間に即死に近い状態で亡くなってしまいます。

また、死亡には至らなくても何らかの後遺障害(四肢の麻痺や意識障害)を残した状態での生存を余儀なくされます。
くも膜下出血にともなう死亡率は約50%、後遺症を残した状態での生存が約20%、後遺症なく社会復帰するのは約30%と言われています。

予防的治療

したがって未破裂脳動脈瘤が見つかった場合、上述の自然歴・病態をご理解頂いた上で、破裂予防の目的で患者様が治療を希望された場合に治療を行います。

極小開頭(Keyhole)によるクリッピング術 Clipping under Keyhole

クリッピング術は脳神経外科手術の代名詞といえます。それだけに、ありふれた手術ともいえます。
従来どおりに行えば、ありふれたままです。

私は皮膚切開・開頭ともに極限まで小さくして、クリッピング術に付加価値を持たせ、術後の痛みをはじめとする患者様の負担を大幅に軽減させました。

方法

こめかみの部位の毛髪線ぎりぎりに約4cmほどの小切開をおいて直下に、2.5cm×3cm(500円玉1枚分)の小開頭を行います。
ちょうど鍵穴からのぞき込む様に手術することになぞらえて、Keyhole(鍵穴)手術とも呼ばれます。

硬膜を切開すると、直下に前頭葉と側頭葉の間隙であるsylvius裂がみえます。

sylvius裂を縦走する表在性sylvius静脈に沿ってくも膜を切開すると、奥に中大脳動脈の分枝がみえます。

中大脳動脈の分枝を中枢にたどり、動脈瘤ならびに動脈瘤が発生した母血管を同定します。

動脈瘤と母血管の位置関係を充分に観察し、クリップのブレードの通過スペースを確保します。

動脈瘤と母血管の移行部にブレードを当てて動脈瘤を閉鎖します。

低侵襲化

手術操作に真に必要な、前頭葉と側頭葉の間隙を形成するSylvius裂を必要充分に露出させれば事足りるのであり、大きな開頭を行っても前頭葉を無駄に露出させるだけなのです。

手術操作に最も有効な操作空間は、こめかみの真裏で眼窩の外縁から後縁に沿った3×2.5cm径(500円玉大)の長楕円形の領域で、sylvius裂の終端部に相当する部位です。

従来の長い皮膚切開と大きな開頭を行っても、この部位はむしろ露出できていないことが多いのです。

当たり前の様に行っていた従来の方法を捨て去り、皮膚切開をこめかみの部位の毛髪線ぎりぎりに行うこと、皮下で側頭筋膜を適切に処理すること、頭蓋底骨削除を徹底することで、4cmの皮膚切開で先ほどの領域に500円玉大の小開頭を行い、同じ内容の(というか遙かに繊細な)手術が可能になりました。

皮膚切開は従来の1/4の長さ、開頭の範囲は1/10の面積です。
傷や開頭が小さいですから術後の痛みをはじめとする患者様の負担が大幅に軽減しました。

頭蓋底手術の低侵襲化 Less Invasive Skullbase Surgery

「脳動脈瘤」に対する「クリッピング術」の中でも内頚動脈が頭蓋内に入って直ぐの部位(C3部・傍前床突起部)に形成されるものは、内頚動脈と視神経を隔てる頭蓋底の骨の隆起である「前床突起」の削除、内頚動脈を頭蓋底で固定する硬膜である「硬膜輪」の切開を行い、操作空間を拡大しないと安全にクリップを挿入することができません。

従来の方法では、前側頭部の毛髪を剃り、耳介前方から額の正中線上にかけて、前述の従来法の前頭側頭開頭の皮膚切開をさらに前後5cmほど延長します(全長20-25cm)。
直径10cmほどの前頭側頭開頭に加え、眼窩(:Orbit)縁・眼窩上壁と頬骨(:Zygoma)を切り取って得られた操作空間を使って、前床突起や硬膜輪などの、動脈瘤を遮る構造物を処理することでようやくクリッピングの操作が安全に行えるようになります(Orbito-Zygomatic Approach)。
拡大術式としての頭蓋底手術の最も典型的なものです。

私はクリッピング術を前のセクションで述べたような500円玉大の小開頭で行うようになってから、Orbito-Zygomatic Approachも無駄な操作が多いと思うようになりました。

いくら皮膚切開を長くしても、無駄に開頭が大きくなるだけで、前頭葉・側頭葉を無駄に露出させたり、不必要に頬骨を切離しているにすぎません。

通常の動脈瘤と違う点は、こめかみのずっと奥に存在する前床突起を安全に削るために必要な、最小限の操作空間の確保にあります。

前のセクションでも述べたように通常の動脈瘤の処理に必要な、眼窩の外縁から後縁に沿った3×2.5cm径(500円玉大)の長楕円形の領域に加え、ビデオで私の左手が操作する手術器械が眼窩の上外側壁方向から挿入されているのが分かると思いますが、この左手の自由な動作は、眼窩の上外側縁をわずか2cmほど切り取ることで可能になります。

整容面を考え、500円玉大の小開頭と眼窩の縁の2cmの小さな骨片は一塊として切離しますが、この一塊切離を小さな皮膚切開で行うには、開頭の時に頭蓋側に開けた小孔(Burrhole)越しに前頭蓋底(つまり眼窩上壁)を処理することで可能になります。

7cmの皮膚切開で先ほどの領域に500円玉大の小開頭と2cmの眼窩縁の一塊切離を行い、同じ内容の(というか遙かに繊細な)手術が可能になりました。

拡大術式であることや難易度が高いことを理由に、皮膚切開が長かったり・無駄に開頭が大きかったり、無駄に骨を切離するといった、侵襲が高くなることを正当化すべきではありません。

著者紹介

坂本 真幸
院長:坂本 真幸
資格
脳神経外科学会専門医
脳卒中学会専門医
脳卒中の外科学会技術指導医
専門
脳血管障害(脳動脈瘤・脳動静脈奇形etc)
良性脳腫瘍,頭蓋底・脳深部腫瘍,下垂体・傍鞍部腫瘍
Janetta手術(三叉神経痛・顔面けいれん)
略歴
群馬県出身
2000年 東京大学医学部卒業、同大学脳神経外科医局 入局
2009年 医療法人社団新和会 西島病院 医長
2013年 同 院長