代表的な疾患は「三叉神経痛」と「顔面けいれん」です。 俗に「顔面神経痛」と呼ばれるものは「三叉神経痛」のことです。 顔面神経は顔面の運動を支配する「運動神経」ですから、「痛覚」の伝達は行いません。 三叉神経痛と顔面けいれんは原因となる脳神経と責任血管の組み合わせが異なるだけで、全く同じ病態です。
神経血管症候群(三叉神経痛・顔面けいれん)Neurovascular Syndrome
三叉神経痛Trigeminal Neuralgia
予備知識
三叉神経は第V脳神経とも呼ばれ脳幹上部である中脳・橋の境界部腹側より前外側に走行し、側頭葉内側のテント切痕部でMeckel腔を通過して硬膜を貫通したあと、3本に分岐します(その三つ叉の形状から三叉神経と呼ばれます)。
3本に分かれた神経はそれぞれ前額部(V1:眼神経)、上顎部(V2:上顎神経)、下顎部(V3:下顎神経)の知覚を支配します。
病態
三叉神経が脳幹から分岐する部には特に電気的に活動しやすい部位(以下REZ:Root Entry Zoneと略)が存在します。
REZの近傍には上小脳動脈(以下SCA:Superior Cerebellar Arteryと略)と呼ばれる、中脳・小脳上面を栄養する血管が走行しています。
三叉神経痛の患者様の多くの症例ではSCAの屈曲が強く、REZにSCAが拍動のたびに接触を繰り返す結果、REZが電気的に活動しやすくなり、三叉神経の支配領域の特にTrigger Zoneと呼ばれる部位が刺激される、具体的には洗顔・ひげを剃る・風が顔に当たるなどの軽微な刺激により、耐えがたい激痛が生じてしまいます。
画像
T2強調画像
CISS画像
ともに右Meckel腔近傍を表示している。CISS画像のほうがスライス厚が薄く(T2強調画像:5mm、CISS画像:0.25mm)、コントラストが高い。
三叉神経の脳幹分岐部(REZ)に上小脳動脈のループが近接して走行している様子を明瞭に描出している。
仮想内視鏡表示
上記CISS画像を3D surface rendering処理後、小脳橋角部の脳槽から三叉神経の脳幹分岐部(REZ)に接近するように表示。
2次元のCISS画像よりも上小脳動脈のループがREZに接触している様子が直感的に判る。
顔面けいれんHemifacial Spasm
予備知識
顔面神経は第VII脳神経とも呼ばれ、脳幹中部から下部にかけての橋・延髄の境界部より前外側に走行します。
聴覚・平衡感覚を伝える蝸牛・前庭神経(第VIII脳神経)と共に錐体骨内部のトンネル(内耳道)を外側に走行し、耳介の下・下顎骨の裏側を前方に走行して、頬骨のあたりで分岐し、眼瞼・頬・口角などの顔面の表情筋を支配します。
病態
顔面神経が脳幹から分岐する部には特に電気的に活動しやすい部位(以下REZ:Root Exit Zoneと略)が存在します。
REZの近傍には前下小脳動脈(以下AICA:Anterior Inferior Cerebellar Arteryと略)や椎骨動脈(以下VA:Vertebral Arteryと略)といった、橋・延髄を栄養する血管が近接して走行しています。
顔面けいれんの患者様の多くの症例ではAICAやVAの屈曲が強く、REZにAICAやVAが拍動のたびに接触を繰り返す結果、REZが電気的に活動しやすくなり、顔面神経が自分の意思とは関係なく活動し、顔面が勝手にピクピクする状態となってしまいます。
治療:①薬物治療
上述の如く痛み(orけいれん)の原因は神経の異常な刺激によって起こるため、神経の電気活動を抑制する薬物を内服することで痛み(orけいれん)をコントロールすることができます。
主に大脳の異常な電気活動により起こるてんかんと呼ばれる病気に対して効果のある、抗けいれん薬の内服が効果を示すことがあり、カルバマゼピン・バルプロ酸・ガバペンチンなどの内服により痛み(orけいれん)が生じにくくなりますが個人差があります。また、内服の初期には効果をみとめるものの徐々に効果がなくなるケースもあります。
治療:②神経血管減圧術:Janetta手術
薬物治療の効果がない場合は上記病態の項目で説明しましたように、病気の本態であるREZにSCA(or AICA, VA)が接触しないように両者を分離・固定するような手術を行います。
Janetta手術Janetta's Operation
脳神経外科における代表的な低侵襲手術です。
方法
耳介後方の乳様突起と呼ばれる突起の基部の窪みの真上の皮膚に4〜5cmほどの小切開をおいて直下に500円玉大の小開頭を行います。
硬膜を切開して直下に小脳の外側面と隣接する錐体骨を露出します。小脳外側面と錐体骨の間の隙間を奥にのぞき込むようにして、中脳・橋境界部(あるいは橋・延髄境界部)のREZより分岐する三叉神経(あるいは顔面神経)ならびにSCA(or AICA, VA)を同定します。REZとSCA(or AICA, VA)の接触所見を確認し両者を剥離して分離します。
血管が拍動により元の位置に戻ってREZに接触しないように、両者の間に距離を作ります。
具体的には両者の間にクッションになるような綿(テフロンのスポンジが多い)を挿入し圧力を緩衝する方法、糸状のテフロンを責任血管に巻き付けて引っ張り上げて錐体骨に固着させる方法、ゴアテックスのテープを責任血管に巻き付けて引っ張り上げて錐体骨に縫合させる方法など流儀は色々です。
責任血管の処理が終わり、拍動によりREZに接触しないことを確認して傷を閉鎖して手術を終了します。
効果
この手術を行うことにより80〜90%の確率で痛み(あるいはけいれん)が止まる・あるいは著明に減弱します。